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名古屋高等裁判所 昭和31年(く)13号 判決 1956年9月27日

本籍 岐阜県○○郡○○町大字○○百○十○番地

住居 名古屋市○○区○○町○丁目七番地

少年 工員 石川保(仮名) 昭和十四年一月七日生

抗告人 法定代理人母、附添人弁護士森健

主文

本件抗告を棄即する。

理由

本件抗告の趣意は附添人森健の差し出した抗告申立書に記載されたとおりであり、これについての原裁判所の意見は裁判官櫛淵理作成名義の意見書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

本件抗告趣意の要旨は原決定の処分は著しく不当であるというのであるところ、一件記録を精査し、諸般の事情を総合考察すると、原決定の処分は極めて妥当であつて、いまだ所論のように著しく不当なものと認めることができない。論旨は理由がない。

なお原決定には他にこれを取り消すべき何らの事由をも見出すことができないから、少年法第三十三条によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 柳沢節夫 判事 中浜辰男)

別紙(原審の保護処分決定)

少年 石川保(仮名) 昭和十四年一月七日生 〔職業〕工員

本籍 岐阜県○○郡○○町大字○○○○○番地

住居 名古屋市○○区○○町○丁目○番地

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

少年はG、Rの間に次男として生れた者であるところ、その出生に先立つて父と死別し、Rに養育されたが、適切な監議者を欠いたため基本的な躾が身に付かず、中学校卒業後工員等して稼働するうち、飲酒、喫煙を覚え、勤務終了後も遊行して帰宅遅く、次第に不良との交友も深まつた矢先、昭和三十一年六月十二日夜A、B、C及びDと名古屋市昭和区の鶴舞公園を通行中、E子とF子(各当時一六才)を認めるや、劣情を催してE子等を姦淫しようと企て、ここに少年はA等と共謀の上、同日午後一○時頃E等に話しかけ、いやがる同女等を取り囲み等しながら同公園内外を連れ廻つた末、翌十三日午前二時頃同区○○町○丁目○○番地附近空地内の堀立小屋に立ち越し、同所にE子を連れ込み、Aにおいて同女に強いて接吻しようとして拒絶されるや平手で同女の頭部を二、三回殴打し、Bにおいて同女を仰向けに押し倒し、更に抵抗する同女の手を押え付け、Cにおいて同女の足を押え付け、少年において同女の乳房を揉みながら押え付ける等の暴行を加えて同女の反抗を抑圧し、A、B、少年において交々強いてE子を姦淫したものである。

判示所為は刑法第一七七条前段第六〇条に該当するところ、少年の資質は被影響的で、極めて軽桃的、自己顕示性強く、自己中心的であり、日常の生活態度等に照らすとその虞犯性は濃厚であると認められる上、家庭環境良好ならず、保護者の保護能力の欠如、犯罪の動機、犯情及び犯罪後の情状等に鑑み、少年の健全な育成を期するためには少年を少年院に収容して矯正教育を施す必要があると認め、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。

(昭和三一年八月七日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)

別紙二

抗告の申立

少年 石川保(仮名)

右少年に対する強姦保護事件につき昭和三十一年八月七日名古屋家庭裁判所の少年を中等少年院に送致する旨の決定に対し不服につき抗告の申立を致します。

抗告の理由

第一点 原決定は著しく不当である。

一、少年は本件当時株式会社○○製作所に勤務して居り所謂チンピラではなく偶々友人に誘われ本件所為に及んだもので其の犯行に於ける地位は主動的ではなく附和随行の部類に属するものである。而して少年は従来罪を犯したことなく本件が始めてである。

一方被害者には誠に申訳ないが被害者自身が認める如く深夜まで公園に於いて少年等と行動を共にして居たことは本件の一誘因である。

二、犯罪後に於いて被害者並に其の保護者である実母は少年の将来を考えると共に自己の過失を認め少年等に処罪を要求せず告訴をしなかつた点も処分について考慮さるべきである。

三、被告人は前罪を悔い今後再び期かる行為に及ばない旨警察の取調以来述べて居り犯後の情状は充分認め得られる。

被告人の家庭は実母と兄と少年であるが兄は目下病気で働けなく其の家計は実母と少年の僅かな収入に依存している状態で少年を必要とする実情にある。

四、少年の実母は本件発生に大いに驚き如何にすべきやの方途を失う位であつた、被害者に謝罪し続いて全く僅かではあるが、実母にとつては相当な金である金弐千円を支払つて陳謝の意を表して同人としては出来るだけの誠意を示したのである、被害者並びに実母に於かれても其の誠意を認め少年の将来を考え処罪を要求せず寛大な処分を願つている状況である。

五、次に少年の保護監督方法であるが勤務先に於いては従来通り使用して監督する旨言明されて居り少年が本件により職を失うことなく却つて斯かる犯罪者を温かく迎へてくれる雇傭主に対し感激して大いに反省し一段と仕事に精励するものと思われる一方保護司も少年を充分監督される状態にある。

六、以上諸般の点を考慮するとき少年を少年院に送致するの要なく保護観察を以て少年を善導することが可能と信ずる。

本件に対する検察官の意見も亦同様である。

依つて原決定を取消し寛大なる処分を求めるため本抗告に及んだのである。

七、尚以上事実を立証する為め左記関係者の取調を切望する次第である。

R(少年の実母)

E子(被害者)

H子(被害者の実母)

L(雇傭主)

M(保護司)

以上

昭和三十一年八月二十一日

少年の附添人森健

名古屋高等裁判所御中

別紙三

意見書

名古屋高等裁判所御中

当裁判所が昭和三十一年八月七日少年石川保(仮名)に対して言い渡した中等少年院送致決定に対し、同少年の附添人森健より抗告の申立があつたので、次のとおり意見を述べる。

意  見

本件抗告はこれを棄却せらるべきである。

理由

一、犯罪事実、犯罪後の情状

当裁判所のE子に対する証人尋問調書の外本件各証拠を綜合考かくすると、少年の犯行は判示のとおりと認められるから縷述を避けるが、一件記録を精査すれば、少年も積極的に犯行に参加して姦淫を遂げており、その犯情たるや甚だ執拗悪質といわねばならない。被害者E子にも若干の責めらるべき点があるにせよ、証人尋問の際の諸状況等に照らしE子が不良少女と断定することは到底できない。同女に対する医師作成の診断書によると同女が犯行当時既に処女を失つていたかの如き感を懐かせないでもないが、診断は本件犯行後月余を経過してなされたと推認されるので、同犯行によつて処女膜が裂傷を受けたとしてもその傷口は平滑となつて古き傷の如く固定してしまうから、裂傷発生の時期の判断は困難となるのが通常である(このことは裁判官にとつてもはや常識化しているといえるであろう)。却つてE子に対する証人尋問調書によれば犯行後同女の下着に数個の血の小班点が付着した等の事実が認められるので、犯行前同女は処女であつたとの推定が可能となるのみならず、同女が性的に無関心不行跡であると認めるに足る証拠はないのであつて、同女の幾許かの人格的欠如は少年の犯行に何等の影響を与えるものではない。

当裁判所の決定後少年の母は被害者に二、〇〇〇円の慰藉料を支払つたことが認められるが、当裁判所の厳重な勧奨にも拘らず同決定までに弁償せず、少年院送致の言渡を聞くに及んで驚き慌てて弁償したものの如くである。犯行日から少年を緊急同行するまでの約四〇日間も少年及びその保護者が非を悟つて遷善のため東奔西走した事実の全く認められないことによつても、両者の人間性に多大の疑問を懐かせるのである。

蹂躪された貞操と被害者の心は金銭によつても永久に回復されないであろう。犯された女の苦しみを訴えるE子の証人尋問調書の記載に対比するとき、同女及びH子の作成名義の上申書の記載はたやすく信じ難いのである。

二、家庭環境

少年はその出生に先立つて父と死別し、母の手で育てられた者で、その不倖な境遇を注ぐに吝かではない。母親は真面目な人柄の如く、亦愛情も深いようである。しかし親の愛としては盲目的というべきであろう。病身の兄をも抱えて経済的に困窮し、少年の躾に意を充分用い得なかつたことは否定できないと思われる。而して家庭裁判所調査官(以下調査官と略称)の調査に示されているように少年の家族生活には規律と安定性の欠如が顕著で、家庭から遊離しているのではないかと疑われ、母及び兄の保護能力の程度をも考え併せると、家庭において少年の人格を改善することは困難と思われる。

三、交友関係

本件共犯者は何れも少年の友人であるが、A、Bは共に非行歴多く、当裁判所は本件によりAを特別少年院に、Bを医療少年院(特別少年院送致相当の者であつたが、治療を要する身体的欠陥を有するため上記の如く処分)に各送致した。C、Dについては情状により保護観察決定(Dについては虞犯と認定されたが甚しい事実誤認であると考える)がなされたが両名の素行何れも芳しからず、石川少年の交友状態が良好であるとは到底認められない。

四、要保護性

本件は、少年にとつて初犯であるため、当裁判所の処分が一応問題となるであろう。そこで貴庁におかれては次の事例を吟味して頂きたいのである。名古屋家庭裁判所安達昌彦裁判官はKなる少年の昭和二九年少第二八一五号業務上横領保護事件につき審理し、同少年は銃砲刀剣類等所持取締令違反保護事件(罪数一個)で審判不開始の前歴があるに過ぎない者でありながら罪数僅か一個の業務上横領(被害額七一、四二六円)の事実を認めたのみで昭和二九年六月一四日中等少年院送致決定をした。同少年の父は名古屋高等裁判所に抗告し、事件は同庁刑事第四部(高城運七、柳沢節夫、赤間鎮雄各裁判官構成)に係属したところ、附添人(弁護士近藤亮太、寺尾元実)より被害弁償の証拠の提出等有利な活動があつたため、同裁判所は、被害全部弁償、前件軽微、保護処分受けたことなし、原決定による少年院送致後真面目、保護者の監督の熱意等の理由を以て同年九月一八日原決定を取り消し、事件を名古屋家庭裁判所へ差し戻した。そこで同庁黒木美朝裁判官は同年一一月八日少年に保護観察決定を言い渡し、在宅保護に委ねた。処が、同少年はこれを嘲笑するかの如く月足らずして同年一二月五日窃盗(自転車一台)を犯し、同庁で同月二二日中等少年院送致決定を言い渡され同決定は確定したのである。

安達裁判官は被害弁償を予測しながらも少年の人格を見究めて少年院送致の処分を採つたのであろう。これに反し前記抗告裁判所は余りにも刑事裁判的に又 Binding 流の極端な客観的見解に立つてのみ事案を見たのではないかと思う。しかし相違せる結論の理由は根本的には“少年を見るの明”において遙かに安達裁判官が優れていたためと考えざるを得ない。

刑事事件は事案の客観面に主眼を置いて処断せんとするのに対し、少年事件は事件係属後の諸手続から既に教育目的に指向されているので、非行事実自体のみならず、否、場合によつてはそれ以上に少年の全人格に重点を置いて処分せんとする。早期人格改善のため少年院に送致すべき事案でありながら、客観面に重きを置き過ぎて、事案軽微、被害弁償等の故を以て在宅保護にしたため、少年をして法の軽きに狎れしめ、忽ち犯行を累ねしめることは数多く見聞するところである。形式上寛大な処分は必ずしも少年にとつて好ましいことではない。再犯に走らしめることは少年の人格を一層下劣にし、矯正教育をより困難ならしめるのである。

直接少年や関係者に接し、その少年の人格等を探究した調査官等の助言の上に、家庭裁判所は、自らも少年そのものを洞察して処分を下すのに反し、抗告裁判所は書面審理を主とする。それなるが故に抗告裁判所が原決定を取り消すに当つては細心の注意を必要とするのである。

本件においても熟練した牛田調査官の調査の結果並びに多年の経験を積んだ少年鑑別所専門家の鑑別結果及びその判定意見を無視できないであろう。更に証拠調期日調書記載の如く前記E子を証人として取り調べた際Aの反対尋問後、石川少年等四名を入廷させようとするや、同女は本件共犯者五名の前では恐ろしくて独りで証言することはできないといつて、同伴者F子の入廷を当裁判所に懇請したのである。少年等の資質の劣悪性を証明するに充分であろう。又石川少年のE子に対する反対尋問は或は声を大にして同女を睨み付けながら、或は他の共犯者と口を揃えて同女を詰ることに終始しており、石川少年に対する当裁判所の審理中においても亦少年が心底から非を悔いた様子は遂にこれを看取することができなかつたのである。少年の資質、その人格形成上の責任、本件犯行に及んだ責任等を綜合すると、少年の虞犯性が稀少であるとは到底首肯し難く、善良な市民となるための収容保護による矯正教育の施行は少年にとつて喫緊の要事というべきである。

なお、附添人は検察官の処遇意見が保護観察であることを以て処分不当の一事由として主張するが、概して少年事件に対する検察官の意見は遺憾ながら御座成のもの少なからず、当裁判所は屡々検察官に対し厳に注意を促して来たのであるが、本件につき検察官は何等の捜査をしていないので事案の真相を把握しているとは解し難く、その意見は全く形式的皮相のもので採用の限りではない。むしろ本件については少年に関する諸般の事情に詳しい所轄司法警察員の意見に耳を傾けるべきである(記録八丁、九五丁参照)。而して、近時不良文化財の影響を受けてかこの種事犯が増加し、且つ、犯行者は比較的反省心、罪障感に欠ける者が多いことは注目に価する。仮に女性を犯しても、初犯で二、〇〇〇円の弁償と雇主の一札で家へ帰して貰えるということが認められるとするならば、個別的には少年法の目的とする教育の自殺ともなり、一般的には正しい社会生活の道標としての裁判の権威を失墜させるのみならず青少年の性道徳は愈々廃頽し、社会は惑乱するであろう。裁判は常に正義を顕現させなければならないと考えるのである。

以上の理由によつて本件抗告はその理由がないと思料されるので、これを棄却せらるべきものと確信するが、重ねて上記抗告裁判所の轍を履まれることのないよう希求してやまない次第である。

(昭和三一年九月一六日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)

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